直系の誘惑 直系連続による和の心の崩れと時代状況の変遷

今は「直系の誘惑」という意味で極限的な状況であり、制度論的には起こるべくして起きている日本精神の崩れ・崩壊過程とも言えます。
皇統・皇位継承の歴史において、直系継承が連続で7回も続いている状況は、神話に繋がる初代から13代は別として2度目の特異状況となります。

直系での皇位継承が連続すること・傍系移行が何代も起こらないことは、制度論的には皇位の由来の捉え違い・近視眼を招きやすいという意味で危惧される状況となります。

前回の直系継承の7回連続は、102代後花園天皇から109代明正天皇まで(201年ほど)となります。
この際は譲位も頻繁で、106代から107代、つまりは4回目から5回目の連続においては父→息子の継承ではなく、息子の死亡により孫への一代飛ばしでの直系継承もありました。

現在は、119代光格天皇から126代今上天皇(徳仁天皇)まで、7回連続で父→息子の直系継承が連続している形(240年ほど)になります。
 119代光格天皇
→120代仁孝天皇
→121代孝明天皇
→122代明治天皇
→123代大正天皇
→124代昭和天皇
→125代平成の天皇
→126代今上天皇(徳仁天皇)

皇統・皇位継承、日本の歴史、社会・時代状況という意味では、傍系移行による皇位継承があると、「皇位は預かりもの」「皇位は時の天皇一家の私物・相続物ではない」「初代神武天皇の建国から和を預かっている」「和の由来が大切」という形で「和の原点回帰」が図られる形となります。
その後、二代目、三代目と直系継承(父→息子・孫)の継承が続くと、だんだん皇位を預かりものとして捉える意識、皇位の由来に関する意識が薄れ、直系:時の天皇一家の私物的な感覚が強まっていき、社会・時代状況という意味でも近視眼、過去・未来から現世を預かっているという意識が薄れていく状況、既得権層が固定化し民からの収奪が進んでいく状況、「民のかまど」「君民共治」「シラス」とは対極の世になっていくことが見込まれます。

もちろんのこと実際の歴史、国の状況においては、諸外国との関係や他の外部要因等も絡みますので一概に上記の流れになるとは限りませんが、制度論として見込まれる国民意識の変化、危惧という意味では、こうした捉えが必要になります。

■以下のようなイメージとなります
 傍系移行による皇位継承(=一代目) 和の原点回帰 長期視点
→二代目 まだ皇位の由来の捉え、預かりもの意識の感覚は強い
→三代目 傍系移行の余韻が残るとは言え直系の構造化も
→四代目 預かり意識薄れ 時の直系にまつわる既得構造が完成的
→五代目 時の直系にまつわる既得権層の固定化 預かり意識薄れ
→六代目 近視眼 直系の私物のような感覚に 危うい状況
→七代目 長過ぎる直系連続で由来意識無くなり私物化も 後水尾 平成
→八代目 和の崩れ 民のかまどの対極 預かりものの意味すら分からず

時の天皇に皇子が生まれ、次の直系継承者が決まることは、短期の視点、私の感覚ではお目出度いことですが、皇統・皇位継承における影響という意味ではリスクが増えることでもあります。
こうした客観的な意識、見方を持つことが日本人としては重要であり、こうした戒め感覚も含めて「国民の総意」=「国民の歴史を踏まえた文化的普遍的な共通認識」となります。

また本来、五代目、六代目を継いだ天皇における国民感化の最初の役割がこの面での注意喚起であり、「たまたま直系で五代、六代続いているが皇位は預かりものであってこの家系:直系&今の世を生きる国民の私物・相続物ではないのですよ」「皇位を預かりものとして捉える感覚、過去・未来、先人・子孫から現世を預かっているという意識が重要ですよ」「皇位継承のルールに基いて、継承者がない時は傍系に皇位を移すことこそが重要で、時代の責任となります」という感化こそが重要となります。

天皇の即位在位に年齢制限はなく0歳でも即位する規定ですから、先人の積み重ねによって既に確立された確固たる枠組みがあるということになります。
そもそも現行法制、日本国憲法・皇室典範においては、天皇・皇族の”門地的な位置付け”は非常に限定的です。
娘には皇位を継がせられませんし、それだけでなく結婚により降嫁=皇族の立場・身分さえ離れるという規定です。
娘に限らず天皇の長男・一人息子でも一生天皇になれないことさえある規定です。妊娠時崩御の場合、胎児の継承は優先・猶予されません。
天皇の長男でも天皇になれない妊娠時崩御 家督・相続物でない証左
また、養子も禁止となっています。
天皇家・宮家に養子による”家系””門地”存続の特権を認めないという非常に抑制的・ストイックな枠組みとなっています。

こうした前提、憲法14条の人間差別禁止・門地差別禁止の理念に根本矛盾しない厳密な枠組みがあってこそ憲法1条「象徴」「国民の総意に基く」が成り立つ形になるのであり、この踏まえが重要となります。
女性天皇(天皇の娘への相続)や女性宮家・皇女、養子など時の天皇・皇族直系による門地特権化、門地による終身利権化の方向で皇位・皇族身分・宮家の位置付けを広げることは、憲法14条 門地差別禁止の理念に反するだけでなく、憲法1条の「象徴」「国民の総意に基く」の前提を崩すものとなります。

普遍の和、時代を超えて共通する価値観を感化し、建国の由来、先人の積み重ねに国民の意識を向けさせるナビゲートこそが天皇の重要な役割、在位の役割となります。

シラスと皇位継承 シラスが成り立つのは無私抑制の一系継承:傍系移行=天皇の国譲りによってこそ

正直、平成、令和は、この面において全く在位の役割が果たされていない状況であり、125代=連続6回目の平成においては、同じく連続6回目の後水尾同様の皇位の私物化、皇統破壊=憲法違反の譲位がなされ、直系継承化の目論見により国政が長期で停滞している状況、子供たちの給食に如実に表れるように「民のかまど」の対極の和の崩れとなっている状況となります。

今の皇位継承問題、日本における和の乱れ・崩れは、GHQのせいなどでは全くなく、ひとえに日本人自身(天皇と日本国民)の問題となります。

女性天皇(現行法制に反する)に8割以上が賛成の現状は天皇が本来の役割を果たしてこなかった何よりの証左

日本国憲法第99条においては、天皇と摂政を明示して憲法尊重擁護義務を課しています。

日本国憲法 第九十九条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

摂政(殿下)以上の存在・影響力となる上皇陛下に関して、その存在、憲法尊重擁護義務の明示はありません。
憲法尊重擁護義務を課されない形で上皇陛下が存在出来る、してよいというのは、憲法違反というだけでなく、「憲法の枠外にあって憲法に制限されずに自由に出来る存在をつくらない」という立憲主義の根本原則に反するものとなります。

明日、令和二年の正月2日、一般参賀に、平成の天皇が「上皇陛下」として出席するとのことですが、憲法違反者、立憲主義の破壊者としてどの顔で登場するものか。
既に「テレビに映ったらチャンネルを替える」と言われる存在になっているところですが、今の世で検証視線、批判が表面化しなくても、後世必ずこの映像=証拠と共に戒めの対象となるところと捉えます。

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3/5 小中学生天皇・皇位継承論 傍系移行:原点回帰が天皇の存在意義=和の維持装置
 君民共治 シラス
・基本を踏まえての日本の皇位継承
・皇位は預かりもの 皇位の私物化は許されない 君民共治 シラス

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