尊皇の本質は尊“皇統”

皇位皇統、天皇を論ずるにおいて注意をしなければならない重要かつ基本的な認識、姿勢として、尊“皇統”と尊“時の天皇(一家)”の相違認識、区別があります。

平時においては「皇統≒時の天皇」と同一的に捉えられることも多く、そうした意味で「承詔必謹」など時の天皇、その意図・言を重んじる考えも残されています。
しかしながら、一旦緩急があった際には目先の尊皇・勤皇とは別に皇統こそを重んじるべき、たとえそれが時の天皇の意向にそぐわない形であってもという尊皇=尊“皇統”の究極は、道鏡事件における和気清麻呂(わけのきよまろ)の例(後に正一位に叙位)でも明らかなところです。
日本における天皇の意味合い、位置付けは「個人崇拝」とは全く別のものとなります。

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昨今の皇室議論、皇位継承議論においては、「伝統派、保守派なのに天皇の言葉、思いを尊重しないのはおかしい」といった指摘、疑問がいわゆる左派、リベラル側からありますが、これこそ伝統、皇統の論じ方の基礎根本を捉え違えている見方となります。

そもそも尊皇、勤皇とは尊“皇統”、勤“皇統”であり、尊“天皇(時の天皇)”、勤“天皇(時の天皇)”、承詔必謹とは必ずしも一致しません。
尊“皇統”と尊“天皇(時の天皇)”=「お追従尊皇」の区別こそが重要と捉えるのが伝統派、保守派の矜持であり、伝統、皇統の論じ方における基本中の基本となります。
(左派、リベラル側の方が、教育勅語反対などと言いつつ、実はいまだに天皇を個人崇拝として捉えている例が多いように見受けるところです)

尊皇=尊皇統:伝統を踏まえた憲法体系 > 尊天皇=承詔必謹
神武朝:神武建国の和 > 時の天皇朝(明仁徳仁朝:娘継承による由来の改変)

承詔必謹と尊皇統との間で悩み、後世の評価も含めて「お追従尊皇」とだけは見なされないようにと呻吟するのが尊皇派の永遠のテーマ、特徴的なメンタリティとも言えます。

和気清麻呂、道鏡事件、称徳天皇など、皇室、皇統の問題においては、外部から皇室、皇統へ関与の面だけではなく皇室内部の運営面でも過去に反省すべき点があり、そうした歴史認識、伝統の昇華を踏まえた上で今の枠組み、規定が形作られてきたと見るのが、伝統派、保守派の基本的な立場、伝統、皇統の論じ方となります。
承詔必謹よりも皇統、伝統を上位概念と捉え、それを踏まえた憲法、立憲主義を相矛盾するものではないと重んじるのが現代の伝統派、保守派、尊皇派、勤皇家となります。

あらためて、個人崇拝、ご一家崇拝的な捉え方、家督・相続物と捉える考え方とは別の観点から、日本における皇位継承の意味合い、一系継承と和の心について、先人から受け継ぎ未来、子孫に渡すべきものについて、近視眼ではなく「世代を預かる意識」のもとで国民議論を深めていきたいものです。

尊“皇統”、皇統の重みに関しては、図表も含めたスライド動画説明を Youtube に登録しました。
ぜひご覧いただきたく。

小中学生のための天皇・皇位継承論  1 前半
・小中学生への期待 裸の王様を言うのは子供
・基本と応用、基本が大切
・基本1 王位・皇位の世襲方法分類 直系継承/一系継承
・基本2 王皇制の危険性・リスク 王統断絶・国王処刑・恐怖政治
・基本を踏まえての日本の皇位継承
・皇位は預かりもの 皇位の私物化は許されない 君民共治 シラス

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